先日、仕事の出張に伴い、約10年ぶりにシンガポールへ入国しました。
10年前の現地の記憶はおぼろげでしたが、久々に降り立ったシンガポールは、日本や他国とはすでに一線を画した「異次元の合理化」が一般化しており、圧倒されると同時に、ある種の危機感を覚えました。
日本でも「人手不足」や「DX」が叫ばれて久しいですが、シンガポールの現場で起きていることは、日本のそれとはレベルが違います。
今回は、私が現地で実際に体験した「4つの衝撃」と、そこから見えてくる「これからの日本が生き残るためのヒント」についてお話しします。
高いお金を払ってでも「効率」を買う、アジア最強の経済国家のリアルをぜひご覧ください。
レストランの店員はもう、注文を取らない
複数のレストランに足を運びましたが、店員さんがテーブルに注文を取りに来ることは、高級店の除き一度もありませんでした。
入店時に席へ案内されるまでは日本と同じですが、着席した瞬間に言われるのは「注文はすべてQRコードで」の一言。
コロナ禍の日本では一時期普及したものの、現在は対面接客に戻した店舗も多いQRコードオーダーですが、シンガポールでは完全に「日常生活のインフラ」として定着していました。驚いたのは、メニュー冊子すら置いていない店も多数派だったことです。客はスマホの小さな画面に映る写真を頼りに、自力で注文をしていきます。
物価高のシンガポールですから、食事の値段は日本より遥かに高いです。それでも、「人間の稼働」は最小限に抑えられ、デジタルで代替できる部分は徹底的にシステムへ入れ替わっていました。
支払いは、注文時にオンラインカード決済
さらに衝撃的だったのは、うどん屋やフィッシュ&チップスのカジュアルなレストランでの体験です。
スマホでメニューを選び「注文」ボタンを押すと、なんとその場でクレジットカード情報の入力画面が表示されました。「決済を済ませないと、厨房にオーダーが通らない」仕組みになっているのです。
「見知らぬ飲食店のシステムに、やみくもにカード情報を登録して大丈夫か……?」
正直、かなりの心理的抵抗がありました。しかし、そうしなければシステム上、食べ物が運ばれてきません。仕方なくカード情報を登録し、注文を確定させました。
食事が終わった後は、レジに並ぶ必要も、店員を呼ぶ必要もありません。すでに支払いは最初の注文時に終わっているため、「ごちそうさま」の余韻とともに、そのまま無言で退店するだけです。
もちろん、高級なレストランに行けば、高給をもらっている店員さんが手厚くテーブルサービスをしてくれます。しかし、普通の価格帯の店では、レジ打ちや会計確認という「人間の労働」は消滅していました。
日本でもお馴染み皿運びロボットも大活躍
日本のファミレス「ガスト」などでよく見かける、あの猫型配膳ロボット。シンガポールのレストランでも、縦横無尽に走り回っていました。料理を運ぶだけでなく、客が食べ終わった皿を片付ける際にも、店員さんの頼もしいアシスタントとして手伝わされていました。
見た目はガストでみるものと全く同じだったので、同じ会社から購入しているかもという印象でした。
ちなみにあの猫デザインの配膳ロボットは中国のスタートアップ企業が開発したものです。
わたしたちはサービスロボットの企業として約8年前に創業してから、これまでに世界市場に向けて80,000台以上のロボットを出荷してきました。事業を展開している国と地域は60を超えており、そのなかでも日本はわたしたちにとって最大の市場と言えます。
Wired「ネコ型の配膳ロボットで脚光、中国のスタートアップが“働く機械”にも「かわいさ」が重要と考える理由」
ここで気づかされるのは、「可愛いロボットが働いている」という癒やしではなく、「人間がやるべき仕事」の境界線が完全に引き直されているという冷徹な合理化された現実です。
日本人であれば、「おもてなし」だから。と思ってしまうでしょう。シンガポールでは、「ロボットでできるじゃん」という声が聞こえてきそうなほど、社会が合理化されていて驚きました。
電車もバスも、全部クレジットカードで乗れる
日本では、SuicaやPASMOに入金してから乗車するのが普通です。クレジットカードでは乗車できません。
ですが、シンガポールでは、Suicaのような専用カードに入金する方法もありますが、基本的にクレジットカードで電車もバスも乗れます。面倒な手続きはありません。
レストランからホテルに帰ろうと歩いていたものの、途中で疲れてバスがないかGoogleマップで探していたところ、ちょうどバスがくるタイミングでした。特に何か必要な準備もなく、とっさにバスを見つけて、持っていたクレジットカードでピッとして乗りました。ーーそれだけです。
すごく簡単で、便利だと驚愕しました。よく考えたら、Suicaみたいなものを用意しなくても、決済できるカードがあったんだなと気づき、発想の転換だと思いました。(ちなみに、筆者が大好きはタイの地下鉄もクレジットカード使えます)
ここまでなら、単なる「最先端の海外旅行レポ」で終わるかもしれません。 しかし、シンガポールの凄みは、この超ハイテクな合理主義のすぐ隣に、「全く異なる文化や宗教のリアル」が泥臭く共存している点にあります。
仕事で出張し、現地のシンガポール人ともたくさん会話する機会があり、でシンガポールの現場を深く観察されたからこそ、さらに深掘りできるテーマ(章)がまだまだあります。
【移動の超・格差】自家用車に隠された「貧民お断り」のガバナンス
シンガポールの道路を歩いていたり、タクシー(Grab)に乗ったりした際に感じた「交通システム」の違和感をテーマにします。
シンガポールは観光でも非常に人気のある場所ですが、他のタイやベトナムと比較して気づいたことがありました。
「道路も道も、全然混んでないな・・・」
驚愕の理由が分かりました。
以下に説明します。
車の使用権に1,000万円以上払わなければいけない
シンガポールでは、車を買うために「COE(車両購入権)」という政府の発行する権利書をオークションで買う必要がありますが、これが1枚1,000万円以上します(車本体の価格とは別です)。
つまり、政府が「お金持ちしか車を持てない」ように法律でコントロールし、渋滞を力技でゼロにしています。 また、道路の価格(ERPという自動料金徴収システム)も混雑度によってリアルタイムで変動します。デジタルと価格(資本の力)を使って、都市の最大の無駄である「渋滞」を完全に排除しているのです。
多くの方がシンガポールは物価の高い国という印象はお持ちだと思いますが、車両価格に関しては他の国と比較して、飛び抜けて高額です。
Tokyo Century Leasing (Singapore) Pte.Ltd.「【2024年版】シンガポールの車両価格事情(COEについて)」
例えば、一般的な5人乗り乗用車である、MAZDA3 MILD HYBRID 1.5L 。
【車両価格】日本:約250万円
シンガポール:約1,770万円 (S$162,888)
※2024年1月現在
その差はなんと約7倍で、シンガポールの車両価格の高さが分かります。
この価格差を生みだすシンガポールの車両価格構成はどのようになっているのかを各項目に分解してみていきましょう。
COE(後ほど詳しくご紹介します) : $65,010(Category A)
OMV(車両本体価格) : $17,475
ARF(追加登録料:本体価格の100%) : $17,475
Custom duty(関税:本体価格の20%) : $3,495
GST(消費税:本体価格+関税の9%) : $1,887
Registration fee (車両登録料) : $220
輸送費やディ―ラー手数料 : $57,326
合計 :$162,888(約1,770万円)
※2024年1月現在
上記からお分かりいただけるようにシンガポールの車両価格は各種税金の積み重ねによって高額なものとなっています。
(2) COE (Certificate of Entitlement) とは?
Tokyo Century Leasing (Singapore) Pte.Ltd.「【2024年版】シンガポールの車両価格事情(COEについて)」
COEとはシンガポールで公道を走行する車両に必要とされる車両権利証書のことです。これは1990年に当時のベルギーからシンガポール政府によってが導入された制度で、東京23区ほどの狭い国土のシンガポールで車の台数を管理し交通渋滞等の問題を防ぐことを目的としています。
【食の二極化】エアコンの有無で値段が3倍変わる、合理化された「空間プライシング」
シンガポールでの食事の際、選択肢が2つあります。冷房の効いた快適なレストランと、いわゆる「ホーカーセンター(屋台街)」です。
エアコンのない「ホーカーセンター」は、国の重要なインフラ(国民の生活費を低く抑えるための防波堤)として政府に守られています。ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。
NEAのホーカーセンターグループ(HCG)は、ホーカーセンターの管理と強化において主導的な役割を果たし、あらゆる階層の人々が清潔で衛生的な環境で手頃な価格の食事を楽しめる場所であり続けるようにしています。HCGはまた、ホーカーと一般市民の両方に利益をもたらすホーカー関連の政策を検討し、実施しています。
シンガポール国家環境庁(NEA):Hawker Centres(ホーカーセンターの管理と運営について)
以下はユネスコ公式からの引用です。
シンガポールのホーカー文化:多文化都市におけるコミュニティダイニングと料理の慣習は、シンガポール全土に存在します。
ユネスコ:シンガポールの屋台文化、多文化都市におけるコミュニティダイニングと食文化
(中略)
ストリートフード文化から発展したホーカーセンターは、中国、マレー、インド、その他の文化を含む多文化都市国家としてのシンガポールの象徴となっています。
- 現地で目にする光景:
- 普通のきれいなレストラン(エアコン完備)に入ると、うどんや簡単な食事でも1人2,000円〜3,000円が当たり前。
- 一方で、地元民や現地のワーカーで賑わう「ホーカーセンター(屋外・エアコンなし)」に行けば、チキンライスなどが500円〜700円前後で食べられる。
「冷房=ホワイトカラー、水=ブルーカラー」の格差を示す学術データ
シンガポール国立大学(NUS)が13万世帯を対象に行った、「所得層(社会階層)によって、暑さへの対処法(冷房か水か)が明確に分かれている」というリアルな経済調査レポートです。
シンガポール国立大学の研究:
NUS NEWS
暑さ対策として、裕福な層はエアコンを使用し、低所得世帯は水を使用する
以下から宗教や民族の話をします。この類の話はセンシティブに受け取られる方もいらっしゃるかもしれないので、有料版にします。
日本にいると普段見たり聞いたりすることも、ほとんどの方がないと思うので、学びや発見があると思います。是非ご覧ください。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
超高層ビル群の隙間から聞こえる、朝5時のお祈り
出張の数日前、私は有給休暇を利用して早めにシンガポール入りし、少しローカルなエリアにあるリーズナブルなホテルに宿泊しました。
事が起きたのは、滞在初日の朝5時台です。外から突然、地響きのような大音量の「声」が聞こえてきて、目が覚めてしまいました。
音楽ではなく、マイクを通した低く、ゆっくりと長く何かを唱える男の声。ホテルの近くにイスラム教のモスクがあり、日が昇るタイミングの礼拝を呼びかける「アザーン」が街中に響き渡っていたのです。
日本にいると、イスラムの文化を肌で感じる機会はほとんどありません。筆者はタイのバンコク在住ですが、タイでもこの体験はしたことがありませんでした。「同じ地域に住むということは、早朝からこの生活リズムを共有するということなのだ」と、強烈なカルチャーショックを受けました。
後日、そのモスクの近くにある取引先のオフィスビルを訪れた際、現地のビジネスパーソンに「毎日聞こえるんですか?」と尋ねてみたところ、「ああ、毎日だよ。これが日常さ」と当たり前のように返されました。
基本的には、同じ民族が同じ地域に集めって生活しているため、同じ種類のレストランも同じ地域に集合しています。そのため、アザーンが聞こえてくる範囲は、モスクに行くような人々の生活圏になっています。
ただ、少し歩くとビジネス街が隣にあるため、オフィス窓からその地域を見下ろすことができました。
最先端のDXレストランや金融街の超高層ビルのすぐ傍らで、何百年も続く宗教の儀式が毎日大音量で行われている。複数の民族、複数の宗教が、お互いの領域を認め合いながら同じ狭い土地でひしめき合って生きている——これこそが、シンガポールの真の姿でした。
8.建設現場の作業員は「100%インド系」という衝撃
レストランの自動化にも驚きましたが、シンガポールの街を歩いていて、もう一つ強烈に肌で感じた「分業のリアル」があります。
それは、道路の修復や建物の建築など、あらゆる工事現場で働く人々が「ほぼ100%インド系(南アジア系)の男性」だったことです。
私は2週間ほど現地に滞在し、数多くの工事現場や整備員を見かけましたが、肌の白い中華系や、いわゆる東アジア系の顔立ちをした人がそこで汗を流している姿は、ただの一度も見ませんでした。
シンガポールは歴史的に南アジアからの移民を多く受け入れており、人口の一定数をインド系が占めていることは知識として知っていました。しかし、実際に目の当たりにすると、「建設・インフラ=インド系」というように、職業と民族(出自)が完全にセパレートされているかのような印象を受け、正直言葉を失いました。
上記は完全に見た目だけの印象です。ですが、実際には、シンガポール政府は、公式に「民族で職業を制限・分類する」という政策はとっておらず、そのような公式見解(分業制度)のソースは存在しません。シンガポールでは「民族(Race)」による就職差別は法律で厳しく禁止されています。
しかし、質問者様が現地で「工事現場は100%インド系だった」と感じたことには、シンガポール政府の労働政策(ビザ制度)に起因する、「事実(構造的な理由)」があります。
「工事現場=インド系」となる構造的な理由
シンガポールで建設・土木などの肉体労働に従事する人々の大半は、現地に帰化・在住しているシンガポール国民(インド系市民)ではなく、海外から短期で働きに来ている「外国人出稼ぎ労働者(Migrant Workers)」です。
シンガポール政府(MOM)は、建設セクターで働く外国人労働者に対して「受け入れ可能な国(Source Countries)」を法律で厳格に指定しています。
建設業界:就労許可の要件
Ministry of Manpower「建設業界:就労許可の要件」
建設業界で移民労働者を雇用するには、労働者の出身国または地域、割当数、および課徴金に関する特定の要件を満たす必要があります。
原産国または地域
以下の国または地域から移民労働者を雇用できます。
・マレーシア
・中華人民共和国(PRC)
・非伝統的な情報源(NTS):
・インド
・スリランカ
・タイ
・バングラデシュ
・ミャンマー
・フィリピン
・ブータン
・カンボジア
・ラオス
・北アジア情報源(NAS):
・香港(香港特別行政区パスポート)
・マカオ
・韓国
・台湾
なぜ南アジア系(インド・バングラデシュ等)ばかりになるのか?
上記の指定国の中で、マレーシア人や北アジアの労働者は言語や給与水準の面から、建設現場ではなく「サービス業や事務職(より冷房の効いた環境)」に流れます。また、中国からの労働者も近年は自国の賃金上昇に伴い減少傾向にあります。
結果として、過酷な建設現場(いわゆる3D:Dirty, Dangerous, Demandingな職場)を担う労働力として、インドやバングラデシュ、スリランカなどの南アジア諸国からの若者が圧倒的多数を占めるという構造が生まれています。これが、外から見たときに「工事現場は100%インド系(南アジア系)に見える」という現象の正体です。
ビジネスの視点:国家を「巨大なパズル」として最適化する
なぜ、注文や会計は徹底的にデジタルに置き換える一方で、肉体労働の現場には特定のバックグラウンドを持つ人々が集中しているのか。
ここに、「明るい北朝鮮」と呼ばれるシンガポールの究極の合理主義の本質があります。彼らは国家を一つの組織、あるいは「巨大なパズル」として捉え、どのピース(人材)をどこに配置すれば最も経済効率が良いかを、トップダウンで冷徹に計算しています。
- ホワイトカラー(金融・IT・管理職): 教育投資を惜しまずに育てた自国民(中華系など)や、世界中から集めた超エリート外国人を配置。
- インフラ・建設(ブルーカラー): 周辺国や南アジアから、出稼ぎの外国人労働者(ワークパーミット保持者)をコントロールされた人数だけ受け入れて配置。
- 単純作業(レジ・注文受付): 人間がやるにはコストが見合わないため、「ロボットやアプリ」に代替。
日本のように「全員が同じ教育を受け、全員がなんとなくあらゆる職種に分散する」という美徳は、彼らの辞書にはありません。生産性の低い単純労働には人間(特に高いコストがかかる自国民)を割かず、システムに任せる。システム化できない泥臭い重労働は、明確な役割分担のもとで外部のリソースを頼る。
この徹底的な「役割のクリティカルな割り振り」があるからこそ、シンガポールはアジア最高峰のインフラと経済力を維持できているのです。
私たちが取るべき「生存戦略」
ここからは、私の考察としてお読みください。このシンガポールの分業構造を個人のビジネスに置き換えたとき、恐ろしい教訓が見えてきます。
それは、「あなたの仕事は、国家のパズルの中で『どのピース』に分類されているか?」という問いです。
もし、あなたの仕事が「マニュアル通りに注文を聞くこと」や「誰でもできる単純な処理を繰り返すこと」であれば、それはシンガポール流のガバナンスの元では「真っ先にアプリやロボット(猫型ロボット)に置き換えるべきピース」になります。
これからの時代、私たちが生き残るためには、
- ロボットやAIを動かす「システム(仕組み)」を作る側に回ること
- 異なる民族や文化の間に立ち、交渉や意思決定を行う「人間にしかできない複雑なマネジメント」のスキルを磨くこと
朝5時のモスクの祈り、100%インド系の建設現場、そして店員が消えたレストラン。これらはすべて、シンガポールが生き残るために構築した「超・合理化社会」のパズルのピースだったのです。
私たちは「古き良き日本の便利さ(対面接客や現金決済)」に甘んじることなく、このスピード感と割り切りの思想から、学びを得る必要があります。
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